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当たり前なんですけど、結果的に嘲笑を受けたことへの不服申し立てに「そんな活動をしているからだ」と返すのは、「そんな活動をしているなら嘲笑を受けても仕方なく、不服と思うこと自体が不当である」と封殺する方向に作用するので、私は反対します。
二次創作活動における責任や是非を問うのに、嘲笑や侮蔑という行為を伴う必然性はないはずでしょう。
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疲れてやめた話の続き。
 
ここからは私個人の見識を色濃くする話なんですけど、この件で「Vtubeは配信で二次創作BLの話を一切するな!」って空気になられても困るなあと思う。
実際にこの一連の話題の中で「次の同人誌には注意書きいれるわ」という同人者は複数みたし、実際そう書いてる本は増えると思う。
もちろん作者個人の見解としては各々に全然あっていいんですけど、同人文化のこれまでの実績からいって「界隈の常識」にすり替わったり、Vtuber全般を忌避する風潮が強まったらヤダなあって思う自分がいる。
 
Vtuberって通常開催されていたころのコミケでも本人・関係サークル込みで数百サークル集まるような一大ジャンルで、漫画アニメの二次創作同人誌を描くオタクとは互いにリアル隣人で。
それとコミケの参加者注意書きには「サークルの前で本やジャンルを貶すのはやめましょう」って項目があるんだけど、今回はちょっとここにかすってる気がする。意図して貶したわけじゃないだろうけど、意図せず貶してしまった。
 
「ご迷惑をおかけいたしましたので、今後ともそちらには関わらないでいます」「そちらとは今後一切交流を持つ気はありません」
とかやっても、個々人の方針ならともかく「界隈」みたいな規模ではもはや両者はすぐそこの距離にいて、人もコンテンツも行き来してる距離なのに、配慮するという理由で断絶されても物理的に無理だし、無理を通そうとすれば矛盾が生まれる。
 
完全に断絶できないものを完全にしようとしたって無理しかなくて苦しくなるのは、検索除けだのなんだので散々どうなるか見てきたんですよこちとら。
そんで後から「こいつら本の中にこんな珍妙な注意文書いてるぞ。こんなもの書いたって意味ないのに珍妙な掟を守ってる珍妙なやつらだなwwww」とかいって笑うまでがセットだろ、俺は詳しいんだ。全部まとめて腹立つ。
だからこの件で「掟」呼ばわりしてたやつらには相当腹立ててる。
 
まあそれこそ「外野」の話で、今回、当事者の周囲の人たちには、互いに仲良くなれとは言わんが「次からは気を付けて。あとはお互い元気でな」と、コミケで目当てのサークルいくために別々の道行く参加者同士、くらいの着地してほしいなと思う。
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さくらみこさんの生配信で同人誌が取り上げられた件、いろいろ鈍い痛みがあるなあと感じてるのでここに置いとく。
 
https://togetter.com/li/1689650
 
自分の同人誌でこれやられたら心折れるな……という感傷は前提として、
よく言われるような「(オタク文化に理解のない)陽キャに描いてるマンガ取り上げられて」とも違う感じ方で。
むしろ「文化に理解のあるオタク同士が『俺らこんな痛いもので遊んでるんだぜwwww』ってイキッテる」の痛さ、居たたまれなさがあった気がしたんだよね。
 
たぶん、この帽子かぶってる方、宝鐘マリンさんのことは、Vtuber知らないなりにTLでよく見かけてて、確か本人も絵をかいたり同人誌読んだりする人なんだよな? という前提知識もあったからかも。
 
あとから確認したら、さくらみこさんもマリンさんも美少女ゲーム好きで、マリンさんだけBLやおいも嗜む程度には好きらしいと。
ということは、最初に感じた『俺らこんな痛いもので遊んでるんだぜwwwwイキり』感はそう外れてなかったのかなと。
 
一連のコーナーは、さくらみこさんが事前にリスナーとともに計画し、マリンさんへのドッキリとして仕掛けた一企画として聞いております。
だからよくこの顛末を書いた記事では、「あれはただのサプライズプレゼントだから、コンテンツに対する悪意はない」という説明がなされているようだけど、いやーそれはないでしょー。
 
だってあれは「マリンさん好みの本」というわけではないんでしょ?
二次創作BLにおいて、何が好みの本、読みたい本かって「このキャラクターとこのキャラクターが描かれていること」が最大かつ一番の要求項目ですやん。それなのに、知ってはいるけどはまってはいないキャラの本をプレゼントされてもそれは「読まない本を贈られた」わけで、プレゼントされたことは喜べても、品ものとしての喜びは薄いよ。
贈り主のさくらみこさんが、そのあたりの二次創作BLの機微に疎いとしても、二次創作BL抜きにプレゼントとしての要件、「相手が喜ぶものをリサーチする」をしてないのは流れを見ても明らかなわけで。
 
動画の中でも直接的に話が出てきているけど、「普段からBL興味ないさくらみこが、あえて読んだり選んだ本を渡すという驚き」が主題でしょう、この企画。
それも「作品そのものに感動を受けたもの」「私この本、超感動したの!だからプレゼントする!」ではなく
「作品やキャラクターは知ってる」程度にとどまってて、ウケ狙い重視で「ねえ見て!こんな変な本が世の中にはあるんだよ!」をもとにしたチョイスであるというのはさすがにわかるよ。
 
番組とかサプライズとか抜きにしても、普段から「ねえ見て!こんな変な本あるんだよ!」とリスペクトなく作品紹介される自著を見かけたら、二次創作BLじゃなくても不服に感じる作者は多かろう。
もちろん、「むしろネタいじり歓迎!」って作者もいるだろうが、「作者の意向」という意味でならどの感情を抱いても価値は同じはず。不服に思うのは不当だとか、歓迎する作者は良い作者だとか、そこに差をつけるのは本質的にはあんまりいいことではない。
(それを受けた側が、次にどういう行動するか? しやすいか? という差はあるだろうけどもね)
 
こういう文脈で紹介されたら、どういう本でも「クリエイターやクリエイションに対して敬意が感じられない」と言われてしまうことは否定しきれん。作者がそこに対して不服に思うか、受容するかはその人の判断の差。
 
で、そういう敬意の感じられない扱いを、自分が愛好してるジャンルや作品には普段からするか? と考えると、自然とブレーキかけるんじゃないの一般的には。
「めっちゃどぎついんだけど、ここまでどぎついとかえって尊敬する!」みたいな感動で紹介することはあるかもしれんが、今回の本がそこまでガチきついやつかというとそうでもないよなきっと。
普段ならブレーキをかけたかもしれない箇所に、「二次創作BL」相手にはブレーキを鈍らせたことには、まあやっぱり二次創作BLも、BLも、世間一般的にまだまだ軽んじられてるんだなあ……という感慨は湧いてくる。
 
当事者は女性でオタク文化にどっぷりの二人だから軽んじてない! という声もあるかもだが、一女性オタクとしては女性オタクが自分が愛好してないジャンルを卑下するって別に珍しくないので……
BL好きが乙女ゲームや夢文化をバカにしたりその逆だって全然あるし、あと直球に「腐女子」を卒業して美少女ゲームにはまった途端に砂かける女性オタクも全然いる……。
そういうものを思い起こさせるという意味でも、今回の動画は結構クリティカルにイタタタタってなります個人的に。
 
ただ、マリンさんは動画の中でも表紙を参考にカップリングを正しく読み取って、さくらみこさんの訂正をしたり、タイトルいうのを制止したり、ツイッター上でのその後の反応を見ても、早々に火種に気づいている節があるなあと感じる。
だからか、いろいろ情報を仕入れたうえで見ると、自分には「場の空気に逆らえなくて、好きなものを卑下するかのようなことを言わざるを得ない状況に追い込まれている」というイタタタタタタタタタもすごいあるんですよねあの動画……。
 
総じて、オタクバッシングがもっとひどかった時期に、自衛のために卑下せざるを得なかったあの頃感がすごいある。
令和になってもまだこれがあるのか……とずしんと重い。
 
動画やその演者についてはそう思う一方で、今回は同人誌の作者側の視点としても簡単に断じれない複雑さを感じてる。
 
まとめ記事には作者さんのコメントが残ってるけど、それ見る限りでは作者さんはどっちかいうと「不服だが、大きく騒ぐ意思はない」という感じだよね。
今回の件でもさんざん二次創作BLジャンルはデリケートだ、女性向けは村のおきてが違うだなんだとといわれるけど、その中では相当にタフでクレバーな態度なのでは。
 
https://twitter.com/n72699389/status/1377214694801297408
その後の経緯説明をみても、「双方で触れないよう合意して話を進めていた」とあるから、かなり早い段階で配信者にアクセスして、それも公での謝罪を要求するとかでもなく静かに進めようとしてたのかなと。
そういう意味じゃ、自分もその後も勝手に話題にしていたのは反省がある。
 
なんとなくだけど、作者さんとしてもスッと消えて終わらせたい、という欲求を感じる。
あの動画があのままいじられるだけのおもちゃ扱いでいたら、今度は現役でそのカップリングや同人活動してる人に迷惑がかかるし、
もっといえばそっちのジャンル者から「お前のせいで変に騒がれてるんですけど」と作者さんが逆恨みされるかもしれない、という恐怖もあったかもしんない。そこは同人文化の中のねじれだな……。
 
私としては、その文化がしばしば軽んじられているという背景があるからこそ、不服に思ったのならそれをちゃんと申し立てするのは大事なことだと思う。
相手もそれを受けて問題点に気づき、謝罪する一連の流れを評価することとは、単に水に流してなかったことにするということではなく、「同じくらい軽率な輩は今後も許さんぞ」を内包する。
 
でもさー、それで腫物のように扱ってほしいわけじゃないんすよー。そういうのじゃないんすよー。
下にして怒られたから、上(ということにしている場所)にして隔離するなら同じことなんすよー。
そうじゃないんだよー、どうなんだろうなーということを考えたところで疲れたので今日は終わる。
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はてブのお気に入りフォローをできる限り外した続報。
 
気が付いたらブクマが増田ばかりになっている……
各カテゴリー上位やネットで話題になるものばかり中心に見ちゃうから、
人気記事は自分がコメントせんでもええやろ感があり
なおかつつっこみやすい増田にばかりコメントしちゃってる。
 
それで楽しいならいいけれど、変な話、見るものの幅があんまりない気がして滅入ってきた。
「みんな」があげてくるものよりも、自分がピンとくる人にくっついて
その人のキュレーション拾う方が根本的に向いてる。
 
まあせっかく10年来の棚卸をしたわけなので、以前と違う人についていくのもいいのかなー。
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はてブのお気に入りフォローをできる限り外したところ、ブクマするものがホッテントリ入りをすでにしているものばかりになってんな。そりゃそうだな。
とはいえなんか今回の「ほかの人の情報をあんまり見たくない」モードが長く続いてて、改めてフォローするのもしんどい。
ツイッターもしんどくて、誰もフォローしてないアカウントから今興味あるもので検索して眺めるだけになってる。
寒くなってきて、心身のパフォーマンスが落ちてるのかもしんない。
地元はいま雪です。
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全部フォローを外したはずなのに「4」になってる……
もうやめちゃって不可視化されたアカウントが、フォローだけ外せなくて残ってるのかな。
 
一応自分、はてブは2005年から使ってるそうなんですが、
その間でそれだけで済んでるのかと思うべきか、そんなにいつの間にかいなくなってたと思うべきか。
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私という人格、根本には「他者=自分じゃない人という存在が許せない」という強い感情がありやして、その波が日々強くなったり弱くなったりするんですけど、ついさっき瞬間的にムラッとしてはてブのお気に入りを全部解除してた。
 
そこはアカウント消すんやないんかーいって自分でも思ったんですけど、なんか、自分じゃない人の意見を目にしたくないけど自分は発信してた行って気持ちが強く出るときがあるんだよね……
ツイッターとかだとそういうとき用に誰もフォローしてないアカウントがあるけど、はてなでそれは難しいからなあ……という考えが走ったのかどうなのか定かじゃないけど、なんか衝動的にバーッと消してた。
そういう割にアカウント一覧みてたら「この人、もうはてなで活動してないんだよなあ…」ってちょっと寂しくなったりもした。ほかでは活動してる人もいるけどね。
 
あとで後悔するのかなー、わからん。
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一回書いてみたら思いのほかハイクっぽい感触があったので、もうこのまま1年半越しの引っ越し先にしようかな。更新頻度は1年に1回とかだろうけど。
 
タイミングよく?リサガスさんのブコメに軽い同窓会気分になったのもあるかもしんない。
有村さんがいてコンビニ店長がいたころ+後3年くらいのはてなの空気を牧歌的に思ってるかというと思ってないんだけど(お二人自身のことは今でも好きです)、縄張り意識とその線引きルールは当時と変わってるなあと思う。
 
いま特にホットなのは「フェミ」なんかね。
ずいぶん前から定期的に話題になるモチーフだし、名乗ってる人ははてなにもいたけど、なんかもっとカジュアルに名乗る人が増えたし、ネット上でこれほどまでの塊になったのはたぶん初めてなんだろうか。
 
”SNSが論調を先鋭化させるのは、政治でも友達づきあいでもアニメのファン交流でも同じだけど、
なんというか「フェミニズム」もそこにきちゃうんだ?という驚きがある。そんだけ広まったこととの裏表かもしれない。”
https://b.hatena.ne.jp/entry/4670647738399545730/comment/natukusa
 
これ書いたのが2019年6月。
元記事の話からフェミニズムがネット上で先鋭化するほどの塊になってることに驚いてるブコメなんだが、人によってはおせえよなんでしょうね。
でもやっぱり驚いたなあ。フェミニストという呼称が、どこかのまじめなメディアで描いてる活動家や研究者ではなく、SNSのクラスタと呼べるくらいの規模になってることが。font-daさんのブログ読んでるだけでも、ネットとの相性の悪さはひしひし伝わってたので、まさか、と。
当時の気持ちはどうだったかな。特に喜んでも悲観してるわけでもないと思う。ただただびっくりした。
 
よく、この対抗勢力に「オタク」とか「表現の自由」とか「反規制論者」があてられてるけど、たぶんその源流はレイプレイ騒動のあの流れがまだ生きてるのかなあと思うが、
なんかこう、自分の中では、その二つの勢力が向き合ってるって感じはなくて、「フェミ」と呼んでる・呼ばれてる集団と、「フェミ」を警戒している人たち(集団でさえない)という感じがしている。
「フェミ」がフェミニズムやフェミニストの歴史の中にどう含まれるのかは、私は識者じゃないのでわかんない。やべーなとおもってるフェミニストもいるだろう。特にここ数年で一気にTERFの存在が知れわたって、一緒にされたらまずいと思う人は増えてるだろうな。でも一緒にするからこそ対抗できると考える人もいるだろうし、それこそ自浄作用というやつなのでは。まあでもやっぱり私は識者じゃないのでなんともいえない。
 
なんだろうな、やっぱり、「昔、2ちゃんねるで女たたきしてました」系増田がよく書きがちな「ネットは俺たちのところで、女はあとから来た異物で侵略者」に形が近いけど出所が違う近いもの……と思っていた。
少し前によくばずったすももさんの記事は、明らかにあの2ちゃんねるに渦巻いてた理屈や構文をより丁寧に濾したような内容で、でも本人はおそらく2ch文化には直接触れたことそんなにないんだろうなと感じて。
あの掲示板に直接カキコしてないような人でも、そこで醸成された思想に染まるほどに考え方だけが広まってるのか……と感じた。
(ちなみに、そういうこと書いてる増田自身が当時本当にそういう意識だったかは疑わしいと思ってるんだがね。そうじゃないってわかってるけど、乗っかってるやつも相当数いただろうと)
 
その昔、「腐女子」や女性オタクを叩く風潮が強まった時に、叩いてる側のことを「(男性の)オタク」と呼ぶのはよくあったが、当時から「まとめサイトにたむろってるオタク層と、実際に同人活動したりイベントやコミュニティに実際に参加してるようなオタク層ってあんまり重なってなくない?」と思ってたし、当時ハイクでも書いたようなー気がするんだけどーどうだったかな。まあでも、思ってたんですよ。
だって、後者に属する特に男性たちは「いや……女性のオタクとかイベント行けば普通にいるじゃん……なに驚いてんの……」みたいな反応でしたよ。私の観測範囲である、数人の男性オタクの友人知人だけのサンプルで申し訳ないんだが。
行けば女性が一定数いるのはわかる機会はしばしばあるはずで、なのにネット記事みて「え!?そうなの!?」とわざわざ驚く人って、そういうとことの接点が薄いんじゃねえかなって当時も感じた。
それも気が付けば10年以上時間がたってて、時間がたてばたつほどこの両者は混ざりあっていったし、前者の体験こそはなくとも、前者を先人としてオタク業重ねてった若い人ももいたんだろうな~と感じることが増えた。それがすももさんみたいな世代なのかも。
 
話がそれすぎた。なんだっけ、そうそう、縄張り意識と線引きのルールね。
私自身、暫く離れてた時期もあるし、はてなで話題を呼ぶ主要メンバーが入れ替わってるから、知らんところのトレンドとか流れとか背景があって、「この話題は地雷」「この切り口はあっちの理屈」みたいなものが生まれてて、知らんうちに踏んでるんだろうと思う。
実際そうこうしてるうちに奇妙な思想に染まってることもあるから気を付けないとな~とは思うが、それにしてもよくわからんところにあるなと思う。私も年取ったからというのもあるかもしんない。
 
「フェミ」批判するなら、TERFの話だけでこの先100年分の鬼の首が取れるんだから、ガンガンそこつつけばいいのに、JKローリングのやべえ記事に日和ったこと言ってるはてなーばっかりだもんー。そこ今一番の弱点なんだからがんばってつけよ。私も応援するよ!
ラブタイツの件で美少女ものを愛好する女性に降りかかる同性からの抑圧にやっと気づいたはてなーも今になって同情してるようだが、別件に目を向ければ、同人女の同調圧力の被害者であるヌメさんには妙にあたりが強いよねはてなー。
一昔前にはてなでさんざん良くない良くないって言われてた同調圧力のわかりやすい被害例がヌメさんなんだが、あの頃声高に同調圧力よくない!って叫んでた人どこ行ったんだよ。今ここに現物サンプルがあるんですよ。一緒に対抗しようぜ!
 
とかなんとか、ここ2年弱の間に思ってたより書きたいことがたまってたみたい。
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どこにも書く場所ねえな~と思って初めてログインした。
ラブタイツ広報企画の件で、思うところがたまってるので置いとく。
 
初めて企画を見て、その後のあれこれ見ててずーっと思ってるのは、良し悪しとか以前に「どういう意図をもってあの絵を描いたんだろう」ってことで、それについてつらつら所見を書いとく。
 
絵描きその人の責任だって問いたいのか!? ってそうではなく。企業の広報案件てどんな内容だって、まず絵描きの外側に企画者という、絵を作って世に出したい人がいるわけやなすか。
この場合の絵描きは「きっとこの人はこういう絵を作り出したいんだな」という意図を組んで絵を出力するので、あくまで絵を生み出して世に送る装置の一部分なわけで。ちなみに、だからそこに責任などないのだ! って話をしたいわけでもないです。全体の一部だっつってんの。
 
ともかく、「こういう感じの絵をいっぱい描いて世に送ったらいい感じかもしれねえ」という誰かの意思があって生み出されて、まあたぶんそれは噂の広報担当さんなんだろうけど、その人の責任を問いたいわけじゃなく、ていうか誰かの責任を問いたいわけじゃなく、ただただ「この人は何を世に伝えたかったのか」の部分がずっと引っかかってて。
実際この感覚って、あちこちの反応みててもしばしば「どういう依頼書だったんだ?」と言ってる人がいるように、みんなこの絵と企画の真意が伝わんないと感じてる人は、まあまあ珍しくないわけでしょう。
何かが引っかかって伝わんないんだよなあ。あんなにレベルの高い絵なのにね。
 
趣味の絵だったら、なんかかっこいい・なんかかわいいでも成立するけど、大人に予算もぎ取ってたくさん調整するからには、絶対プレゼン資料に「これはこういう企画です!」って書くでしょ。それが知りたい。
 
それでまあ、絵の魚拓を眺めたり、特に本業イラストレーターさんがこの案件に向ける感想をぼちぼち見てたら、
某イラストレーターさんが「絵描きのpixivみに行ったら、普段はこういう傾向の絵をかかない人が多い。だからやっぱり依頼側がメッセージ性を指定してると思う」という旨のことをいうてはって。

そこでぼんやりと浮かんだ企画意図が「素敵なタイツ姿でドキッとさせちゃお!」だった。
やけに絵のこちら側に呼び掛けるようなキャプションやシチュエーションが多いのと、特にスカートまくってる絵の発想を思うと、今のところこれが一番しっくりきた。
ものによってはこちらに積極的なアピールしてない絵もあるから、広告的なメッセージに置き換えるなら「そのアイテムを身に着けてることで、あなた(客)の魅力がアップしますよ」の一派なのかなと。
 
魅力が上がっている状態を表現で伝えるにはいろいろ手法があるけど、この場合は「誰かの魅力があがったことでドキッとする人がいる、ことを客が観測することで『あの人の魅力が上がったんだな』と感じる」の手法ね。
漫画やアニメでも、美人といわれてるキャラクターが、周囲のモブからきゃあきゃあいわれるシーンを見ることで、読者が「この人は魅力的な人なのだな、と感じる」という形で日常的に使われてるやつ。
 
広告、それも身に着けるもので、そういう演出をつけることの効果は少しねじれてて。
だって魅力的だと感じる人とは、そのアイテムを買って身に着ける人その自身ではないわけでしょう。たいていは、誰かに魅力的だと思ってほしい別の誰かがそれを身に着ける。
だから広告は「誰かにはあなたはこう見えるかもしれませんよ、これを身に着ければね!」と示すことで購買意欲をあおってくる。
 
同時期に話題になったチュチュアンナの広告も根っこは同じで。あれは、こういうコーディネートにこのタイツを合わせると可愛いですよね、と語ってくる広告でしょう。
ただあっちはもう少し支店の構造がシンプルで、客自身が姿見を覗き込んだ時の距離でいってくる感じ。
絵の構図から言ってもほぼ真横からの構図で姿見っぽいでしょ。特定の誰かの目線を一回介して魅力を伝えるアツギの演出より、身に着けたものを鏡の前で確認して良しあしをチェックするような、客の主観にぐっと近い。
 
ちなみに、主観だからよい、客観だからよいという話をする気はないし、そういう話に引用されるのも遺憾です。
技法的には、このメッセージを伝えるためにはどちらの方法がよりよく届くだろうか、という使い分けの差です。
 
「誰かにはあなたはこう見えるかもしれませんよ、これを身に着ければね!」というメッセージって割と大事で。それによって「これは広告なんですよ」という前提が伝わる。
ビル街で大爆発が起きて逃げ惑う人々の映像を、報道映像という前提で見るのか、映画という前提で見るのかで、受け取る側の心証は全然違うわけじゃないすか。一番困惑するのは報道なのか映画なのかよくわかんないやつ。そういう演出をつけてる映画もあるけど。
 
ともあれ、絵師ファン増田が追記で書いてたアツギの広告絵への「タイツを履く人の目線じゃなくてタイツ女子を愛でる視線が強い」という感想は、たぶんそういうところからきているし、
と、同時に「誰かにはあなたはこう見えるかもしれませんよ、これを身に着ければね!」という広告としてのメッセージが弱いゆえに、
「タイツを履いてる女性の姿を、誰かが観測している絵」という絵の表層の情報だけが強く印象に残り、
さらにPR案件であるという事実に「えっ、なんでそんな絵をタイツ売ってる会社がわざわざ作って世に出したの!?」という困惑が、私の中にはずっとあるのね。
 
なので、その困惑を少しでも自分の中で解消するために、あれこれ読んで聞いて今この記事書いてる。まあ、全部憶測ですけども。
 
自分はずっとその点がすっきりしなくてあれこれ人の感想を見たくて情報を追っていた節があるので、それ以上の話は語れるほど思うところはまだない。
 
仮に私が感じてたような困惑を最初から感じさせない企画だったら、もっとカラータイツや柄物の比重を多くして「こういうタイツもあるんだ~」情報を厚くしてたらとか、防寒対策でタイツ履く時期にだいたいみんなフトモモ出してる服なのやめたら顧客の感覚とマッチ度高まったんじゃないかとか、そういう広告としての情報を手厚くしてたらとかとか、一社会人として考えることはありますけど。
でもやっぱり、問題視する人が現れなかったかというと私にはなんも保証はできん。表層をめぐる問題は、いつだってなんだって大なり小なり課題を抱えていると思う。
私が日常的にタイツを買い装着する立場として、この企画をみて無視をするでなく、自分たちに寄り添ってないことに失望するのは、絵の本来の意図とは異なる、しかし日常的に立ち会う嫌なエピソードと全くの無関係であるとも言い切れない。
 
その一方で「ああいう性質の人が参加したから駄目だったんだ」「こういう性質の人がやってるのに叩くなんて見境ない」などという人は、私からすれば、誰かの持ってるだけの性質を理由に、雑~に表層物が持つ問題を切ろうとしているという点で見分けがつかない。作った人の性質を絡めて語るってそりゃあるけど、それにしてもこれは浅すぎてそうじゃねえだろと。
美少女ものが好きなやつは変だとか、美少女ものが好きな女性なんかいるわけないとかこの期に及んでいってるやつは言わずもがなだし、批判する側は美少女ものが好きな女性を傷つけたから悪い! みたいにいってる人も、美少女ものが好きな一女性でありながら、企画に批判的な感想も抱いた私みたいなやつは視野の外ってことでしょ。それって前者とどれくらい違いがあんの?
 
そういう、語ってる人らの姿に思うところはあるんだが、それは別にこの件の本質ではないのでもう追いかけたくない。


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